会議で「社長はどうしたいですか?決めていただければ動きます」と言われることがあります。一方で、同じような進捗の場面で「今、全部の仕様の詳細を書いています。残っている課題も一覧にしました。決まっていないものは今回やらずに、これで打ち止めにして、まずリリースしましょう」と言ってくる人もいる。
この2人の違いを、僕は長いこと「頼もしさの差」くらいに思っていました。でも最近、もっと正確な言い方に気づいたんです。前者は、僕にゼロから答えをつくらせる人。後者は、自分で9割考えて、最後の1割の判断だけを持ってくる人。
「AIに仕事を奪われるんじゃないか」という不安、いろんなところで聞きます。この記事では、どの職種が何割消えるといったデータの話はしません。ベトナム・ホーチミンでシステム開発の会社を経営しながら、社内のAIとメンバーの両方を毎日見ている立場から、実際には何から順にAIと交換されていくのかを書きます。
うちのAIは「どうしますか」と聞いてこない
うちの会社は、経営の実務のかなりの部分をAIで回しています(この体制の作り方は会社にAIを導入した話に書きました)。そのAIに僕が最初に書いたルールは、実は1行だけでした。「社長の役割は判断のみ」。
このルールで育てたAIは、情報を整理して、選択肢を比較して、推奨案と理由まで付けて持ってきます。持ってこないのは、最後の決裁だけ。つまり「9割考えて、1割の判断を求める」という、あの頼もしい動きです。そう躾けたから、と言えばそれまでなんですが。
ここで、気づきたくなかったことに気づいてしまいます。「決めていただければ動きます」という働き方は、このAIの動きより手前にいる。ゼロから答えを求める報告と、推奨案付きの報告。比べるまでもない。なのに僕は長いこと、この差を「頼もしさ」としか呼べていませんでした。
ここからが、今日いちばん言いたいことです。AIが追い抜くのは「職種」というより「働き方」です。翻訳が消える、経理が消える、と職種のリストで語られます。職種ごと市場が縮む仕事も、実在するはずです。ただ、僕が社内で毎日見ている交換の順番は、そのリストとは別の線で走っています。判断が入っていない仕事から順に、AIと交換可能になっていく。同じ職種の中に、交換される働き方と、されない働き方が混ざっています。
「相手を理解する」と「相手に合わせる」は別物
誤解されたくないのは、「社長に確認するな」という話ではないことです。うちは「顧客になぜ買ったか、なぜ買わないかを直接聞く」を仕事の起点にしているくらいで、相手を理解しに行くのは基本中の基本だと思っています。じゃあ、理解しに行くのと、合わせに行くのは何が違うのか。
境界線は、相手を理解したあとも、その人自身の事実認識と判断が残っているかどうか。理解する人は、相手の事情を受けて提案を変えます。でも事実までは変えない。合わせる人は、相手の表情や立場を読んで、結論そのものを変えてしまう。
僕が頭の中で使っている判定方法があります。「もし僕が最初に正反対の意見を言っていたとしても、この人は同じ結論を言っただろうか」。言っただろうな、と思えたら、それは理解。たぶん逆のことを言っていたな、と感じたら、それは僕に合わせている。僕は、反対されるのが嫌なわけじゃない。嫌なのは、その人の中に判断が存在しないことです。
採用の相談をしたときのことです。候補のエンジニアの健康面を僕が心配したら、開発の責任者は「そうですね、やめておきましょう」とは言いませんでした。「最近どこまで回復しているかは、自分も本人と話していないので分からない。僕の話だけで決めずに、一度面接したほうがいい。稼働を分けて、もう1人をバックアップに付ける手もある」。僕の懸念を取り込んで、提案を改善した。でも、本人は責任感のある人物だという自分の評価は手放さなかった。こういう瞬間に信用が積み上がるんですよね。
逆に、怖い発見もありました。ある案件の振り返りで、僕が先に否定的な印象を口にしてしまい、そのあとの相手の評価が僕に引っ張られていないか、気になって確認したことがあります。合わせに行く人を作っているのは、先に強い意見を言ってしまう僕自身かもしれない。偉そうに境界線の話をしていますが、境界線を曖昧にする側にも、僕は立っています。そして、合わせに行く報告は結論が僕の側で決まっていて本人の判断が入っていないという点で、冒頭の「決めていただければ動きます」と、実は同じ側にいます。
AIより上にいる人は、現実を更新している
じゃあ、自分の判断さえ持っていれば安泰かというと、実はそれも足りなくなってきました。推奨案と理由を出すところまでは、AIもやります。うちで「この人はAIより上だな」と感じる動きは、突き詰めるとひとつでした。現実を更新することです。
実例を3つ。AIツールの社内標準を1つに決めようとしたとき、開発メンバーの1人は「統一できます」と言いませんでした。実際に主力で使っているのは別のツールだという事実、推奨ツールが指示を無視することがあるという実態、利用枠を使い切ったときに現場が何で代替しているかまで、そのまま持ってきた。僕はこの報告で計画を変えました。僕もAIも持っていなかった一次情報が、判断の前提ごと変えたわけです。
テスト担当のメンバーは、時刻表示の不具合を「新機能の要望ですか?」と聞きに来ませんでした。ロジックのバグだと自分で分類して、チケットを切り、修正を依頼し、テストして、本番反映の確認まで閉じた。再現できない事象も「分かりません」で止めずに、顧客に再現動画を依頼している。「社長、どうしますか」は、この一連のどこにも出てきません。
新卒のメンバーの、忘れられない報告もあります。ページの入力作業を頼んだら、「入力は完了しました。ただ、公開ページを見ると文章が途中で切れているので、表示側の対応が必要です」。入力の完了と、ページの完成は違う。指示を実行する側から、現実とのズレを見つける側に一歩移った報告でした。
AIは考えます。うちのAIは、たぶん僕より速く、広く考えます。でも、AIは現実を見に行けません。現場の一次情報を取りに行き、僕やAIの前提が間違っていたら訂正し、人を動かして結果まで閉じる。さらに言えば、その経験を仕組みに変えて、次から同じ判断が僕に戻ってこないようにする。人の価値は「考えること」から「現実と責任を引き受けること」へ移り始めている、と感じています。
これは、経営者に都合のいい話なんじゃないか
ここまで読んで、こう思った人もいるはずです。「社員に判断を求めるのは、経営者に都合のいい話だ。権限も評価も渡さずに『当事者意識を持て』と言うなら、やりがい搾取と変わらない」。
半分は、その通りだと思います。権限のない社員に決裁を求めるなら、それは搾取でしょう。ただ、僕が求めているのは決裁じゃないんです。事実と見立てです。「これは私の権限では決められません。ただ、私はA案がいいと思います。理由はこれです」。これで十分だし、むしろこれが正しいエスカレーションだと思います。僕の代わりに責任を取ってほしいんじゃない。僕が正しく責任を取れるだけの事実と見立てを持ってきてほしい。
そして、これを求めるなら会社の側にも渡すものがあります。判断していい範囲は、うちもまだ引き切れていません。必要な情報へのアクセスも、善意の判断ミスを責めない保護も、役割が広がったぶんの評価も、渡せていないものだらけです。渡せていないのに「どうしたいですか」と聞かれ続けているなら、その原因は社員じゃなくて僕にあります。
新卒の報告より、うちのAIの推奨案のほうが整って見える瞬間は、あります。ただ、この比較も半分はフェアじゃありません。僕はAIには、判断基準も、過去の経緯も、好みの報告形式も、時間をかけて渡してきました。同じ文脈と型を新卒に渡していないなら、それは能力の差というよりオンボーディングの差です。AIの育て方については丁寧に議論するのに、人のオンボーディングは「見て覚えて」のままの会社、うちも含めて多いんじゃないでしょうか。
「社長の役割は判断のみ」も、書き換えることにした
この記事を書きながら、冒頭のAIルール1行目の欠陥にも気づきました。「社長の役割は判断のみ」。この書き方だと、すべての判断が僕に上がってきます。それは結局、判断待ちの会社です。正確には「社長の役割は、委譲できない経営判断のみ」。資金、契約、ブランド、人事、重要顧客との約束。ここだけ僕に上げて、権限内で取り返しのつく判断は、それぞれが自分で決めて実行して、結果を報告する。AIのルールを直すより、渡す範囲を明文化するほうが先でした(AIに任せる範囲の線引きはデータの仕分けの記事で書いたのと同じで、人への委譲も「線を引いて、月次で見直す」に尽きると思っています)。
最後に、明日の会議で試せる判定をひとつ。相手の報告が「どうしますか」で終わったら、「あなたはどうしたいですか」と聞き返してみてください。見立てが返ってくるなら、その人は理解しに来ています。沈黙が返ってくるなら、判断を持ってこない働き方を作ってきたのは、こちら側かもしれません。AIの導入を焦る前に(追いかけること自体が仕事になる罠もあります)、確かめる価値はあると思います。
よくある質問
AIに仕事を奪われるのは、結局どんな人ですか?
職種のリストより、働き方で分かれるというのが現場の実感です。うちでは「決めていただければ動きます」型の報告は、推奨案と理由まで付けて持ってくる社内AIに、すでに追い抜かれていました。一方で、判断を持ってくるだけでも足りず、現場の一次情報で僕やAIの前提を訂正しに来る働き方は、少なくとも今の時点で、うちの現場では交換できていません。奪われる・奪われないを職種で判定しないことが、対策の出発点になります。
社員が自分の判断を持ってくるようにするには、何から始めればいいですか?
求める前に、渡すものを先に確認することです。判断していい範囲は伝えた。でも、必要な情報へのアクセスや、善意の判断ミスを責めない保護、役割が広がったぶんの評価までは渡せていない。うちでも、渡す前に「当事者意識を持て」と言っていた時期は、誰も動きませんでした。うちでは「失敗は許す、隠すことは許さない」を先に明文化してから、権限内の判断を任せる範囲を広げています。
AI導入と組織の見直しは、どちらを先にやるべきですか?
僕は同時に進めるのがいいと感じています。AIが担うのは「整理・比較・推奨」までなので、導入するとうちでは自然と「人には何を任せるか」という組織の問いが出てきました。逆にうちは、委譲範囲を明文化する前に「社長の役割は判断のみ」とだけ書いてAIを回した結果、すべての判断が僕に上がってくる状態を作りました。自社の状況でどこから手を付けるか迷う場合は、壁打ちで一度整理してみてください。AIの導入と、渡す範囲の明文化を同時に動かす設計は、うちがAIコンサルティングでやっている仕事そのものです。
「AIに何を任せ、人に何を残すか」、一緒に整理しませんか
あなたの会社の今の動き方を15分ほど聞かせてもらえれば、AIに渡せそうな仕事と、人に判断を残したい線を、その場で一緒に引いてみます。
15分の壁打ちを予約する →東京とベトナムの二拠点で、ITオフショア開発・海外進出支援事業を展開。「気合いより仕組み」を信条に、不透明になりがちな越境ビジネスを構造化する経営者。「個人のスキル」ではなく「再現性のある品質」を組織と顧客へ提供することにコミットしています。
