こんにちは、リノエッジ代表の原田祥吾@ベトナムです。
社内にAIを配ったのに、思ったより使われていない。この状態を前に、次にどう手を打つか考えているところだと思います。よく言われる説明はこうです。「社員は不安なんです。バレたら評価が下がる、成果を出しすぎると仕事を減らされる。だから隠れて使うか、そもそも使わない」。
MicrosoftとLinkedInが共同で出した『2024 Work Trend Index』(2024年・31の国と地域の31,000人のナレッジワーカー調査)を見ると、この説の一部には裏づけがあります。職場でAIを使っている人のうち、重要な業務でAIを使っていることを認めたがらない人が52%。53%が「重要業務でAIを使うと、自分が代替可能に見られる」と答えている。そしてAI利用者の78%が、会社が配ったものとは別に、自分のAIツールを持ち込んでいる(BYOAI)。少なくとも、口に出しにくいと感じているところまでは事実です。なお、配る前の段階——経営側がツール選定を追いかけ続けて導入自体が止まっているケースは別の記事に書いたので、今日は「配った後」の話に絞ります。
うちでは、誰も隠していない
この話をベトナムのチームに当てはめようとして、うまくいきませんでした。うちのメンバーに「AIを使うと評価が下がる空気ある?」と聞いたら、返ってきたのは「それはまだ誰からも感じたりはないね」でした。隠して使っている人を見たことがない。もちろん、社長に聞かれてそう答えているだけかもしれません。隠れて使う人は、そもそも僕からは見えない。ただ、うちではAIの使い方がChatで日常的にオープンに共有されていて、隠す理由のほうが見当たらないんです。むしろ逆で、僕は普段から「まずベトナムでNo.1のAIを運用する会社になろうぜ」と伝えていて、AIで浮いた時間を作らないとこの競争に負ける、という話までしています。攻めの空気であって、監視の空気ではないんです。
それでも、使う人と使わない人にはっきり分かれました。不安の空気がないのに、なぜ分かれるのか。ここが今日の話です。
通説のデータ自身が「不安」を1位にしていない
実はここ、「不安」という一言に、2つの別物が混ざっています。「使っているのがどう見えるか」という開示の不安と、そもそも触る時間がないという実態です。混ぜたまま語ると話がずれるので、通説側のデータを分けて読み直します。Slackの『Fall 2024 Workforce Index』(2024年・15カ国17,372人調査)では、上司にAI利用を伝えるのは気まずいと答えた人が48%いました。その48%に理由を聞くと、多い順に「ズルに見える」47%、「無能に見える」46%、「怠惰に見える」46%。
雇用不安は、この一覧に入っていません。ただしこれは、そもそも選択肢として用意されていないからで、「順位が低い」という測定結果ではない点は先に断っておきます。一覧に並んでいるのは、周りからどう見えるか、という不安ばかりでした。ただ、この見え方の不安は「隠すかどうか」の壁です。「触るかどうか」の壁とは、たぶん別物です。うちのように誰も隠していない環境でも、使わない人は使わない。だとすると、雇用の安心を先に約束すれば解決する、という設計は、少なくともこのデータの上では的を外している可能性があります。
じゃあ何が本当の壁なのか。同じ調査に、もう1つ数字がありました。AI学習に使った累計時間が5時間未満の人が61%。研修が一度もなかった人が30%。AI習熟を自認する人はわずか7%。
この3つが示すのは、もっと地味な状況です。そもそも、触る時間がほとんど投じられていない。時間が確保できないのか、単に優先されていないだけなのかは、この数字だけでは分かりません。
1つ目は「時間の分水嶺」。まとまった時間をブロックできるか
うちで実際に起きているのも、これでした。「結局、使う人は使うし、使わない人は使わない」。まとまった時間をブロックできる人はAIを使ってワンランク上に上がって、また時間を取ってさらに上がっていく。ブロックできない人は、AIを触っても楽にならないので、そのうち使わなくなる。
自発的に楽しんでAIを触っている人は、放っておいても自分で時間を作って、この輪に入っていきます。受け身の人は、会社が時間をブロックしない限り、輪に入るきっかけがありません。だから差がついているのは意欲でも不安でもなく、この輪に入るための時間が確保されているかどうかでした。
2つ目は「思想の分水嶺」。楽をする人と、楽を渡せる人
ただ、時間の分水嶺を越えて輪に入っただけで、全員が同じ高さまで上がるわけでもありません。その先に、もう1つ壁があります。うちはシステム会社なので、エンジニアは基本的に楽をしたい人種です。だから「AIを使って自分の作業を楽にする」ところまでは、放っておいてもみんなやれています。
問題はその上の層です。「楽をして、その楽をやり方として仕組み化する」。具体的には、自分の楽になったやり方を、他の人にも渡せる形にする。ここは、自分のやり方を言語化できている人しか、まだやれていないのが現状です。
これは技術力の差というより、自分のやり方を持っているかどうかの差だと思っています。毎日の仕事をどう分解して、どう回しているか。この自分なりのゴールデンフレームワークを持っている人は、それをAIと共有できます。逆に、自分のやり方が言語化できていない人は、AIと組んでも渡すものが少なくて、協業が空回りしやすいんですよね。この話は、「決めていただければ動きます」がAIに追い抜かれていた話と地続きです。
経営者が最初に作るのは、時間をブロックする制度
ここまで読んで、「じゃあ評価や還元の制度設計は要らないのか」と思われるかもしれません。要らないとは言いません。ただ、順番が逆だと思っています。時間をブロックする仕組みが先で、還元の設計はその後です。
これは僕自身の話です。「仕組みで勝てと社員に言うなら、まず自分の仕事に仕組みを入れろ」。これを最近、自分に突きつけることになりました。チームには仕組み化しろと言い続けていたのに、自分の営業活動には仕組みがなく、Chatのアーカイブを見返したら約7週間、営業行動がゼロになっていた時期があったんです。輪の外にいたのは、僕でした。
直したのは、時間の型でした。毎週水曜14:00に「営業30分」とカレンダーをブロックする。毎朝のブリーフィングに「最終営業活動: X日前」を表示させ、7日で注意マーク、14日で警告マークが出るようにする。それだけです。意欲に頼らず、まとまった時間が自動で確保される仕組みを先に作る。ブロックの中身は営業でAIではないものの、時間を先に固定して行動を自動化するという型は、時間の分水嶺と同じです。社員向けの時間ブロック制度は、まず自分で試している段階。効き目が確認できたら、社員にも同じ型を入れます。その次が、思想の分水嶺への促しです。「今の自分のやり方を書き出してみて」と一声かけて、楽を渡せる人が増えるかを見ていくつもりです。
なお、この「まとまった時間を先に確保する」ところを社外から持ち込む形は、企業向けAI研修として別ページに書いてあります。自社だけで時間をブロックしきれないときの選択肢です。
その上で、旗は攻めのほうがいいと思っています。「安心してください、AIを使っても仕事はなくなりません」という守りの説明より、冒頭に書いた、うちの攻めの旗のほうが、まとまった時間を確保する動機になります。少なくとも、経営者が旗をはっきり掲げること自体には、数字の裏づけがある。Gallupの『Manager Support Drives Employee AI Adoption』(2025年・米19,043人調査)では、AIに投資している企業の中で、「上司が自分のチームのAI活用を積極的に支援している」に強く同意した従業員は、週に数回以上AIを使う割合が2.1倍でした。これは相関であって、因果が証明されたわけではありません。それでもこの差の大きさを見ると、上司が目に見える形で支援するほうが、遠くから打てるたいていの手よりも効きそうに思えます。旗を掲げるのは、経営者の仕事だと思っています。
それでも、通説が正しい場面はある
ここまで「不安ではなく時間だ」という話をしてきましたが、これはうちのようなIT企業、しかもエンジニアが人手不足で引く手あまたな業界だから言えることかもしれません。雇用そのものが揺らぐ業界では、通説側の「AIが自分の代わりになる不安」のほうが正しい場面が普通にあります。
2025年7〜8月、Commonwealth Bank of Australia社で起きたことが、その実例です(ACS Information Age報道)。7月、AIボイスボットへの置き換えにあわせてカスタマーサービス45職の削減を発表し、8月に撤回しました。撤回の理由として会社は「関連する事業上の考慮を十分に踏まえていなかった」と述べ、対象の従業員に謝罪しています。金融部門労組(FSU)によれば、当時この部署への入電はむしろ増えていて、管理職は残業で対応しようとしていたとのことです。もっとも、通説側の不安を裏づけているのは、最終的に撤回された結末より、削減の発表そのものが現場に走らせた衝撃のほうです。人員削減とセットでAIを語ると、現場は身構えます。当たり前です。
だから、まず確かめるべきは自社がどちら側かです。雇用不安が現実にある業界なら、雇用の安心を先に言葉にしたほうがいい。人手不足で、むしろAIが仕事を楽にすることが歓迎される業界なら、時間をブロックする制度を先に作るほうが効きます。うちがやっているのは後者で、たぶんそれがすべての会社に当てはまるとは思っていません。もう1つ手前の話として、「そもそも何をAIに入れていいか分からない」で止まっている会社は、時間ブロックより先にデータの仕分けルールを作るのが順番です。
よくある質問
社員がAIを使わないのは、意欲が低いということですか?
必ずしもそうではありません。うちで見えているのは「まとまった時間をブロックできるかどうか」の差でした。Slackの調査でも、社員のAI学習に使った時間は6割が5時間未満、研修ゼロが3割でした。意欲の前に、触る時間そのものが投じられていないケースが多く、それが時間不足なのか優先度の問題なのかまでは、この数字からは分かりません。
時間をブロックする制度とは、具体的に何をすればいいですか?
曜日と時間帯を固定してカレンダーに入れてしまうのが一番早いです。うちは自分の営業活動を「毎週水曜14:00・30分」で固定し、行動が7日・14日空いたら朝の確認画面に警告が出るようにしました。意欲に頼らず、時間が自動で確保される形にするのが要点です。
「楽を仕組み化する」層を増やすには、どうすればいいですか?
まず、社員それぞれが自分の仕事のやり方を言語化できているかを見るところからだと思います。自分のやり方、いわばゴールデンフレームワークを持っていない人は、AIに渡すものが少なく、仕組み化が進みにくい状態です。時間をブロックして触らせるのが先、その次に「今のやり方を書き出してみて」と促す。この順番が自然だと思います。
うちは雇用不安が現実にある業界です。それでも時間ブロックが先ですか?
いえ、その場合は順番が変わります。雇用が揺らぐ業界では、雇用の安心を先に言葉にしたほうがいい場面が実際にあります。自社がどちら側にいるかの見極めが最初の一歩です。目安は1つ、社員が転職市場で引く手あまたかどうか。
自社がどちら側か、一緒に見極めませんか
30分で、御社が「時間ブロックが先」なのか「雇用の安心が先」なのかの見極めと、見極めた後に最初に入れる時間の型まで、一緒に整理します。壁打ちのつもりで、気軽に来てください。
東京とベトナムの二拠点で、ITオフショア開発・海外進出支援事業を展開。「気合いより仕組み」を信条に、不透明になりがちな越境ビジネスを構造化する経営者。「個人のスキル」ではなく「再現性のある品質」を組織と顧客へ提供することにコミットしています。
