「ベトナム vs インド vs フィリピン」で検索すると、100本くらいの比較ガイドが出てきます。
僕も15年前にホーチミンに来てから、たぶん20本くらいは読んだと思うんですよね。コスト、英語力、エンジニア数、時差、稼働日数。表が並んでいて、星が付いていて、最後に「総合的にはベトナムがおすすめ」と書いてある、あれです。
で、ある時から読まなくなりました。
比較表が見ている次元と、実際に成果を分けている次元が、ぜんぜん違うことに気づいたからです。
これは「ベトナムを選べ」という記事じゃないです。15年やってきた中で、インドが正解だった案件も、フィリピンが向いていた現場もありました。むしろ、比較表の代わりに僕が使っている「5つの問い」の話を書きたいなと思って、これを書いています。
比較表が見ていない、本当に大事な次元
最初に言いたいのは、比較表で並んでいる項目は、別に間違ってはいないということです。コストの差も、英語スコアの差も、エンジニア数の差も、データとしては正しい。
でも、それで決めると失敗するんですよね。
理由はいくつかあって、どれも比較表に出てこない次元です。
ひとつ目は、英語ネイティブ意識の差です。
インド、フィリピン、シンガポール。このあたりの国の人たちは、自分の英語がネイティブだと思っているんですよ。これは責めているわけじゃなくて、本当に上手なんです。文法も語彙も僕より全然上です。
でもその「自分はネイティブだ」という意識があると、相手が聞き取りやすいように喋ろうとしないんですよね。自分の発音とイントネーションで、自分のスピードで喋る。それで通じない方が悪い、という感覚になりがちです。
ベトナム人は逆です。自分が英語ネイティブだと思っていないので、相手が分かりやすいように喋ろうとする。ネイティブに近い発音をしようと努力する。これは小さいことに見えて、毎日のコミュニケーションでは結構大きい差になります。
ふたつ目は、16年間の教育で形成された人格のベースです。
小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年。合わせて16年。この期間にどんな教育を受けてきたかで、その国の人のベースの考え方は決まります。
ある国は「日本のことを信じてはいけない」という教育を、小学校から大学まで受けてきています。別の国は「フラットに外国と共生する」教育を受けてきている。怒りをエネルギーに変えることを教える国もあれば、平和をベースに物事を解決することを教える国もあります。
16年間です。言語を超えて、ベースが違うんですよね。
これは比較表のどの欄にも書いていないんですけど、プロジェクトが半年、1年と続いていくと、必ずどこかで効いてきます。
みっつ目は、顔が見える関係を作れるかどうかです。
これは少し後でちゃんと話します。たぶん、この記事で一番大事なところです。
そして、もうひとつだけ加えるなら、案件と国の相性です。
国の優劣じゃなくて、どんな性質の案件かによって、向いている国は変わります。これも後でちゃんと話しますね。
この4つは、比較表の星の数では絶対に分からない種類の話です。
「敬日」という言葉に出会った日
15年前、ホーチミンに来たばかりの頃、ある先輩の日本人ビジネスマンから「ベトナム人は敬日なんだよ」と言われました。
親日じゃなくて、敬日。尊敬の「敬」です。
その時はピンとこなかったんですけど、15年やってみて、本当にその通りだなと思います。ベトナムはASEANの中で、日本人や日本という国を一番リスペクトしている国です。これは僕がそう思っているだけじゃなくて、ベトナムで知り合った日本人がみんな口を揃えて言うことなんですよね。
なぜそうなのか。たぶん土台にあるのは、日本のプロダクトの素晴らしさへの漠然とした信頼です。
こんなに壊れない。こんなにクオリティが高い。こんなに信頼がおける。それを作っている日本人は、きっとすごいに違いない。
そういう信頼が、ベトナムには15年前からありました。これは、ベトナムで仕事をしてきた大先輩の日本人ビジネスマンたちが、日本人としての心構えを毎日実践してきた結果でもあると思うんです。
僕たちは、その積み上げの上に乗っかって仕事をさせてもらっている。これは比較表のどの欄にも書かれていないですけど、毎日の現場では確実に効いています。
ちなみに余談ですけど、僕が最初にオフショア開発を始めたのは実はベトナムじゃなくて別の国だったんですよね。そこで強く感じたのは「日本をリスペクトしていない国と一緒に仕事をするのは難しい」ということでした。技術力の問題じゃなくて、もっと根っこの話です。それから市場調査もせずにベトナムに来たわけじゃなくて、この「敬日」の話を聞いてから決めました。
→ 関連: The Japanese Quality Trap: ベトナム進出が「ハードモード」になる本当の理由
インドが正解だった案件、ベトナムが正解だった案件
ここから、比較表が一番見落としている話をします。
国の優劣じゃなくて、案件と国の相性の話です。
僕は今、自動運転のプロジェクトをインドのチームと一緒にやっています。インド人エンジニアって、本当にロジカルなんですよね。精密機械みたいな考え方をする。ハードウェア制御とか、緻密なシステムをロジカルに組み上げるみたいなことに関しては、本当に長けています。
提案書や設計書のクオリティも素晴らしい。すごくロジカルで、抜けがない。
ただ、ちょっとエモーショナルな部分は分かり合えないなと思うことはあります。コミュニケーションが一方通行になりがちです。「自分はこう信じている」をひたすら話す。日本人みたいに、一文喋ったら相手の反応を見て、また一文喋って、っていう往復のリズムじゃないんですよね。これは英語ネイティブの国の人に共通する傾向だと思います。
ドキュメントもそうです。完璧にロジカルなんだけど、ちょっと血が通ってない感じがすることもある。
逆に、ベトナムが本当に向いていた案件があります。
ある大手家電メーカーさんのプロモーション用VR案件をやったことがあるんですけど、あれはベトナムだからできた仕事だなと今でも思っています。VRって、非機能要件の塊なんですよね。「日本人がこのコンテンツを見たときにどう感じるか」「このトンマナは日本人に刺さるか」「この演出は日本人にとって面白いと感じるか」。仕様書には書ききれない判断の連続です。
ベトナム人エンジニアは、こういう「日本人が何を面白いと思うか」を理解しようとする姿勢がすごく強いんですよね。これも「敬日」の話とつながっています。
だから、案件で言うとざっくりこういう感じです。
- ロジカル設計が中心、ハードウェア制御や緻密なシステム → インドが強い
- コンテキスト理解や感性、トンマナ、プロダクト体験設計 → ベトナムが強い
どっちが正解とかじゃなくて、案件特性に合わせて選ぶ話なんですよね。
→ 関連: 3カ国を渡り歩いて見えてきた、国境を越える働き方の話 / Japan Regulated Gaming Data Platform 事例
比較表の代わりに、僕が使う5つの問い
ここから先が、この記事で一番伝えたかったところです。
15年やってきて、新規で相談に来てくれる経営者や事業部長から「ベトナム/インド/フィリピン、どこがいいですか」と聞かれたとき、いつも代わりに投げ返している問いがあります。5つあります。
問い1: 自分の英語が完璧だと思っているチームと、努力して相手に近づこうとするチーム、どっちと組みたいですか?
これだけで、選ぶべき国の方向性は半分くらい決まります。
問い2: その案件は、ロジカルな精密設計が中心ですか? それとも、感性とコンテキスト理解が中心ですか?
ハードウェア制御や緻密なアルゴリズムが核なら、インドの強みが活きます。プロダクト体験やトンマナが核なら、ベトナムが向いています。同じ「システム開発」でも、別の生き物だと思った方がいいです。
問い3: 会社の上の立場として、現場のエンジニアとPMの「顔と性格」が見えるルートを作れますか?
これが、たぶん全部の中で一番大事です。リモートでも、写真と簡単な経歴と、何ヶ月かに一度の30分のZoomでもいい。「Le-sanがマネジメントしてくれている」「Van-sanがソースコードをコミットした」って、名前と顔で語れる関係です。
なぜ大事かというと、ベトナム側のエンジニアからすると「ここでミスったら、日本のあの会社のあの人が困る」っていうのが分かるから、最後の一踏ん張りができるんですよね。
最後の最後、もうひと頑張りができるんです。
これは、お客様の顔が見えてないと出てこない種類の頑張りなんですよ。仕様書だけ渡されて作るのと、お客様の顔が見えながら作るのとでは、まったく別の仕事になります。
→ こういう「顔が見える関係」を仕組みとして作るのが、僕たちが System Development(オフショアラボ) でやっていることです。
問い4: 「まさか」が起きたとき、日本の尺度ではなく、現地の尺度で解こうとできますか?
海外で仕事をしていると、日本では絶対に起きないような「まさか」が必ず起きます。停電が3日続くとか、PMが急に音信不通になるとか、政府の規制が翌週から変わるとか。
そのとき、日本と同じやり方で解決しようとすると、絶対に詰まります。「これは現地ではこういう問題として扱われる」と理解した上で、現地の解き方で解く。この切り替えができる経営者や事業部長じゃないと、海外開発はしんどいです。
問い5: 日本側のプロジェクトマネージャー以外の情報ルートを、仕組みとして持っていますか?
これは次のセクションでちゃんと話します。
中小企業がコケる、本当の罠 — 決裁者の情報経路問題
価格と言語の罠は、検索すればいくらでも出てきます。でも、僕が15年見てきて「これで失敗する会社は本当に多いな」と思っているのは、3つ目の罠です。
経営者や事業部長が、日本側のプロジェクトマネージャーに丸投げしてしまうこと。
これ、すごく多いです。
上の立場の人は「PMに任せている」「自分は分からないから」と言う。でも、現場の情報が日本側PMからしか入ってこない状態だと、何が起きるかというと、報告が偏るんですよね。
正直に言うと、日本側PMは「ベトナム側が問題です」「外国人だから問題が起きるんです」というベースで報告しがちです。これは責めているわけじゃなくて、PMの立場からするとそう報告した方が自分が守られるからです。人間として自然な行動です。
でも経営者や事業部長からすると、これじゃボトルネックが何なのか判断できないんですよね。
経営者や事業部長は、何らかの経営戦略的な理由があって、わざわざ海外でシステム開発をやる決断をしたはずです。その視座で物事を見れる人がいないと、「やっぱり海外開発はダメだったね」という結論にしかなりません。
解決策は、2つあると思っています。
ひとつは、現場に来ること。
年に1〜2回、ホーチミンに来てエンジニアと一緒にご飯を食べる時間を作る会社は、不思議なくらいプロジェクトがうまくいきます。Zoomでは絶対に見えない一次情報が、その場で全部入ってくるからだと思います。指示じゃなくて、観察として書いています。
もうひとつは、日本側PM以外の情報ルートを仕組みとして作っておくこと。
現地のPMから決裁者へ直接届く月次レポートでも、隔月のCEO面談でもいい。情報経路が1本しかないと、その経路を持っている人の主観でしか判断できなくなります。
俯瞰して見るための情報ルートを、仕組みとして持つ。これは、海外開発を経営判断としてやるなら、絶対に必要な前提条件だと思います。
→ 関連: Vietnam市場での事業立ち上げ前の現地リサーチ
比較するな、試せ — そして、簡単に諦めないでよ
長くなったので、まとめます。
ベトナム vs インド vs フィリピンの比較表は、間違ってはいません。でも、勝負が決まる次元を見ていません。
英語ネイティブ意識、16年間の教育で形成された人格のベース、顔が見える関係、案件と国の相性。この4つは比較表のどの欄にも書かれていないけど、プロジェクトが半年、1年と続いていくと必ず効いてきます。
だから僕は、新規で相談に来てくれる経営者や事業部長に、いつもこう答えています。
「比較するんじゃなくて、まず1案件、小さく試してみてください」
3ヶ月くらいの小さなトライアル案件を、2つの国で並行で回す。それで決める。比較表を100時間読むより、これが一番確実です。
最後に、ひとつだけお願いがあります。
海外と仕事をしていると、本当に「まさか」が起きます。日本では絶対に起きないようなことが起きます。
そのとき、その瞬間に「ああ、やっぱりダメだ」って思わないでほしいんです。
日本では起きない問題として、日本では使わない解き方で解く。そのスイッチを切り替えられれば、たぶん解けます。
簡単に、諦めないで。
それだけです。
よくある質問(FAQ)
Q1: ベトナムとインドのオフショア開発、結局どっちが安いんですか?
時給単価はインドの方が地域・スキルによっては安いこともあります。ただ、本当のコストはコミュニケーションの往復回数、仕様変更時の手戻り、PM工数を含めた総額で決まります。緻密なロジカル設計が中心の案件はインドの単価メリットが活きますが、コンテキスト理解が要る案件ではベトナムの方が総額で安くなることが多いです。比較表の単価だけでは判断できないところです。
Q2: 日本企業がフィリピンを選んだ方がいいケースはありますか?
英語ネイティブのカスタマーサポートやBPO、英語ベースのドキュメントが大量に必要な案件では、フィリピンが向いていることがあります。一方、日本語でのコミュニケーションや日本人の感性を理解した上での開発が必要なら、ベトナムの方が成果が出やすいです。案件の中心が「英語ネイティブ品質」か「日本コンテキスト理解」かで判断するのがいいと思います。
Q3: ベトナムでオフショア開発のトライアルでは、何を見ればいいですか?
3つあります。①日本側プロジェクトマネージャー以外の現地メンバーと直接話せる機会があるか、②「まさか」が起きたときに現地の解き方で解こうとする姿勢があるか、③契約終了時の引き継ぎ条件が明文化されているか。スキル評価表より、この3つの方が長期で効いてきます。
Q4: ラボ型開発で、経営者として最初に決めておくべきことは何ですか?
「日本側プロジェクトマネージャー以外の情報経路」を仕組みとして決めておくことです。月次の現地PMレポート、隔月のZoom面談、年1-2回の現地訪問など、フォーマットは何でもいいです。情報経路が1本しかないと、その経路を持っている人の主観でしか経営判断ができなくなります。これが中小企業がオフショア開発でコケる本当の罠です。
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原田 祥吾Shogo Harada
代表取締役 · 株式会社リノエッジ
東京とベトナムの二拠点で、ITオフショア開発・海外進出支援事業を展開。「気合いより仕組み」を信条に、不透明になりがちな越境ビジネスを構造化する経営者。「個人のスキル」ではなく「再現性のある品質」を組織と顧客へ提供することにコミットしています。